犬と狼の間

え?遊んで食べて寝てちゃだめ?

ミュージカル『ストーリー・オブ・マイ・ライフ』感想

SOMLを観てきました。
昨年12月のことなのでもうかなり曖昧な箇所も多いんですけど、この観劇は記録しておきたいと思ったので感想を書きます。

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あらすじはこちら(公式サイトより)

この作品は、故郷を同じくする2人の男、トーマスとアルヴィンの友情の物語である。
トーマスは、長年の友であるアルヴィンの死に対して弔辞を書くために、自分の心の中に広がる空想世界でアルヴィンとの出会いからの転機を一つ一つ語っていく。
アルヴィンは、その追憶の旅の中でトーマスを導くために、彼の心の中にある物語を探し回る。



機械的に理解すると「自殺*1した幼馴染の葬式で読む弔辞を書きあぐねているベストセラー作家の男が脳内で幼馴染と共に過去の思い出を回想していく物語」であった。つまり、登場人物としてのアルヴィンはあくまでトーマスのイメージするアルヴィンなのだ。トーマスのイメージするアルヴィンなので当然ながらトーマスが知り得ないことは知らない。アルヴィンの自殺の動機も、自殺じゃなくて事故だったのかどうかですら、最後までわからない。

しかし、トーマスは、何度も語ることを途中で断念してはリフレインされる『アルヴィンの死の一週間前、最後に二人で会ったところ』の出来事がアルヴィンの自殺(と、トーマスは理解しているように見える)の最後の一押しになったのではないか…と感じているように思う。
その日、トーマスは頼まれていたアルヴィンの父の弔辞を自分の言葉で書き上げられなかった。
「僕はきみに頼んだんだ。引用じゃなくて自分の言葉で書いてほしい、書こうとしてほしい!」と縋るアルヴィンを「無理だ」と突き放してしまうトーマス。というのも、トーマスはスランプに悩んでいて、それはこれまで称賛を得てきた物語の着想を『故郷でアルヴィンと過ごした日々』から得ていたということを本人が気づいていない、というよりも認めたくないからであった。
もちろん、トーマスが自分との思い出を小説にしていることに気が付いているアルヴィンは、故郷を否定するトーマスに「きみはここでの出来事を紡いで素晴らしい仕事につなげたんじゃなかったの?」と詰問する。それはトーマスにとって本当に突いてほしくない痛いところで、そこを突いてほしくないと彼が思っていることがアルヴィンにとって何より痛いんだということが辛い。
「弔問客が待っているから自分で弔辞をなんとかするよ」とアルヴィンは、弔問者の前で父との思い出を語り始める。即興でとめどなく語るアルヴィンを見て、トーマスはようやく自分の作品はアルヴィンのおかげでできていたということを受け入れられるのだが、それが二人の最後の邂逅であり、永遠の別れになってしまったのだ。

「君の頭の中には、何千もの物語があるはずだよ!」と冒頭からアルヴィンは何度も繰り返す。アルヴィンの死の真相を教えてくれ!それがないと弔辞を書けない!と訴えるトーマスに「君の頭の中には何千もの物語があるはずだよ。そこにない物語を探さないで」とも語りかける。トーマスは、アルヴィンが死んでしまったことが悲しくて、怖くて、それ以上にある種の納得もしていて、更に言えばその理由に己が関わっているんじゃないかと思っていて、それが恐ろしくて本当のことを知ってしまいたい!と思っているように感じた。

アルヴィンと共に記憶の扉を旅しても、そこにない物語はわからない。アルヴィンの「君の頭の中には何千もの物語があるはずだよ。そこにない物語を探さないで」という言葉は、わからないことを恐れなくていい。無理に語らなくても君の頭の中にはもう物語があるでしょう?と言っているように響く。ラストにトーマスは弔問客の前で、自分の言葉で自分の中にあるアルヴィンの物語を語りはじめる。

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これは、トーマスが自問自答し幼馴染の死を受け入れ自己救済した物語なのだろうか。確かに、結局アルヴィンの死の真相はわからないし、もちろんアルヴィンは生き返らないし、生前にアルヴィンとトムはすれ違ったまま永遠の別れを迎えてしまったことも変わらない。しかし、それだけではないように感じる。

「人が死んだら、良いことを言うんだよね」
「弔辞っていうんだよ」
「君が僕に書いてくれたら、僕が君のを書くよ」
「そんなことできる?」
「あ、そっか…じゃあ、どっちか先に死んだほうのを書くっていうのは?いいよね?」
「うんって言ったら、帰っていい?」


印象的に繰り返される、幼いころにアルヴィンとトーマスが交わした約束のシーンである。父への弔辞を語るアルヴィンからも分かるようにアルヴィンにとって弔辞は、故人との思い出を語りあなたが大好きだと伝える、いわばラブレターのようなものだったのではないかと思う。つまりトーマスが自らの言葉でアルヴィンへの弔辞を語ることはアルヴィンのためのラブレターを語ることで、それは、アルヴィンが一番欲しかったものなのではないだろうか。

また、先に書いていたことに矛盾するが、トーマスが知らないアルヴィンの物語をアルヴィン自身が語るシーンがある。追憶の旅を共にするアルヴィンはトーマスが作り上げた自分の中でのイメージではなかったのか?アルヴィンがトーマスのために降りてきたのか?トーマスがアルヴィンの精神世界に溶け合ったのか?真実はわからないし、わざと様々な解釈ができるように作り上げているのだと思う。それこそ、語られない物語はわからない、それでいい、ということだろう。

この物語を暖かいハッピーエンドと捉える人もいれば、死者は語らない残酷な物語だと捉える人もいるだろうと思う。美麗な音楽とクリスマスシーズンの空気も相まって、私は神聖で哀しく優しい話だと思った。

***


前回スイッチキャストで公演した今作、今回はWペアのWキャストでの公演でした。
そして新キャストとして選出されたのが2.5次元でも馴染み深い太田さんと牧島さんで、2.5次元俳優だと思って推していたらこんな良い作品に出てくれるの良すぎない!?と羨ましかったです。まあ、チケ難なので普通に手に入らず若手ペアは観れていないんですけどね。オタクの皆さんは推しを誇りましょう。


すべての曲が美しくて、何回でも観たいような、この一回を後生大事にしたいような、そんな観劇体験でした。ちなみに、『素晴らしき哉、人生!』を観ると解釈がさらに深まるそうなのですが(というか観ていないとよく分からないところが多いのですが)私は観ていないのでよくわかりません。万里生さんがわざわざ要予習とブログでリコメンドしてくれていた*2のにも関わらずサボっていました。再再演があれば課題としたいと思います。

*1:ただし真実は判然としない

*2:万里生さんはマメにそういうことをしてくれる俳優さんでシンプルにしごできだ…と思います