犬と狼の間

え?遊んで食べて寝てちゃだめ?

舞台『ヴィンセント・イン・ブリクストン』感想

「今年の夏くらいから追い風を感じて…」と各所のインタビューでAぇさん達が語っておられますが、御多分に洩れず私が正門担を自認したのも今年の夏なのでそういうことなのだと思います(?)
さて、秋にそんな正門くんの主演舞台があるらしいと聞いたらそりゃ行くよねということで行ってまいりました。以下感想。

あらすじ

未亡人のアーシュラ(七瀬なつみ)が営むブリクストンのある下宿屋に、二十歳の青年ヴィンセント(正門良規)が、空き部屋の貼り紙を見たと訪ねてきた。実のところは家から出てくる美しい娘・ユージェニー(夏子)に惹かれて、この下宿屋に部屋を借りに来たのだ。何も知らないアーシュラは、ヴィンセントに部屋を貸すことを決める。そこには画家志望のサム(富田健太郎)が先に下宿していた。さらにある日、ヴィンセントの妹・アンナ(佐藤玲)が訪ねてきて...。

***

簡単に言えば、若くて美しい下宿屋の娘・ユージェニーに一目惚れしていたヴィンセントは、お互いの孤独を分かち合ううちに未亡人であるユージェニーの母・アーシュラのことを好きになる。二人は両想いになりヴィンセントは絵画に目覚めるが、彼が恋に現を抜かし仕事を放棄していることに危機感を抱いた妹・アンナの説得もありパリに転勤になることに。何も言わずアーシュラの元を去ってしまう。数年後戻ってきたヴィンセントは絵画への情熱を失っていたが、アーシュラとの再会によりまた絵画に向き合っていく・・・という流れ。
この戯曲はゴッホが20代前半にロンドンの下宿に住んでいたこと、下宿屋の娘に恋をしていて失恋したこと、テオの奥さんが手紙の中でユージェニーとアーシュラの名前を間違えていたことなどから着想を受けて創作されたフィクションだそう。

芝居としては二幕と四幕の暗い静かなシーンがすごく良かったのだけど、オタクとしては三幕冒頭の恋愛中で浮かれまくっているヴィンセントとアーシュラが可愛くって見どころだった。ユージェニーやアンナの目を盗んで一瞬だけ手をつないではキャッキャッとしているんだけど、正門くんはギタリストなだけあって手が大きくてカッコイイので手の大きさの差が良かった。なんならブラウスのボタンを外すシーンよりドキドキした(笑)

そしてそこを楽しく描く分、ヴィンセント失踪→アーシュラの絶望がより効いてくるんだよね。台詞量は膨大なのだけれど、大事な場面はむしろ台詞で説明してくれなくて、特にヴィンセントがパリに行くことを決めるあたりは明確には描かれていない。ヴィンセントが何を思って何も言わずにいなくなったのか、数年後に浮浪者のような汚い風貌で伝道師になる!と戻ってきたのかは正直はっきりとは分からなかった。しかしその分、絵を諦めていたヴィンセントに対するアーシュラの「私はこんな人のことを好きだったなんて!」という怒りはかなり現実感を伴って“分かる”感情だったな。

アーシュラは息子くらいの年齢のヴィンセントのことを、男性とのロマンスとして好きだったというよりは、ヴィンセントの芸術の才能を愛していたように思う。情熱と才能のある若者を愛して育むことで満たされる…みたいな。また、画家を目指していたサムはオランダでのヴィンセントのスケッチを見て才能の差を感じて画家の道を諦めてしまう。ヴィンセントの才能は時に甘美で時に劇薬で、でも登場人物の誰しもがヴィンセントのことを愛してしまっている。物語は一心不乱にスケッチをするヴィンセントのシーンで終わるのだけど、つまりこの話はヴィンセントが画家としてスタートする日をラストシーンとする「前日譚」であり、ヴィンセントのための物語だったのだと感じた。


***

セットは下宿のキッチンで場転なしのワンシチュエーション。一幕は登場人物が調理をしながの会話劇が主なのだが、フリではなく実際に料理をしていたのが楽しかった。あそこまで本格的に舞台上で料理しているのを観たのは初めてだったかも。その中でヴィンセントが料理を手伝って蒸かしたジャガイモの皮をむくシーンがあったのだけど、客席が一斉に双眼鏡を覗く気配があって面白かった。推しがほかほかのジャガイモ剥くところ見たいよね!わかるよ!*1


効果としては特に照明の使い方が好きだったんだけど、四幕はかなり絞ってほぼ暗闇のスポットが印象的で、アーシュラの暗い心情からヴィンセントがスケッチを始めて生まれる仄かな希望まで表現されるのが美しかった。

***

一幕を観たとき、これは正直、正門くんのニンじゃないな~と思ったのだけど、どんどん違和感が薄れて四幕にはヴィンセントとして観ている…ということを2回やった(私が二回観劇したので)という感じ。一幕はなんだろう、正門くんってその一言に万感の想いがこもっている…みたいな芝居が抜群に上手と思っていて、だからこそオーバーリアクションでひたすらワーワーと喋られるとコレジャナイ感がしてしまうのかもしれない。というか声質的にもしんどかったのじゃないかなあ。喋り辛そうだなあと思った。あと、コミカルな動きがステレオタイプなのも気になったところ。

とはいえとにかく表情の芝居が魅力的。ヴィンセントがやっていることは最初から最後まで結構オイオイ…なんですけど、それでも許されて愛されることに説得力がある。演出の森さんから「稽古初日にジャニーズらしさを捨てろと言ったものの全然ジャニーズっぽくなかったからその後それを言うことはなかった」とインタビューで言われていたものの(そしてそれは物凄くわかる)滲み出る愛され力というのはアイドルだからこそなのかなあともぼんやり思った。

というわけで、まだまだ伸びしろがあると思うのでどんどん良くなると思うと今後の活躍も楽しみ。本人も沢山お芝居がやりたいそうなので嬉しい。経験の浅いうちから大御所の演出家さんと組んで良い作品に携われるのはやっぱり「ジャニーズだから」なんだろうけど、競争率の高い世界で名を上げた恩恵でもあると思うので、気にせずどんどん磨きをかけていってほしい。



上演時間が約3時間とストレートプレイにしてはかなり長い方だと思うのだけど体感としてはあっという間に終わってしまい、充実した観劇でした。

*1:あとキスシーンとパイプ吸うシーンがオペラグラスチャンストップ3