犬と狼の間

え?遊んで食べて寝てちゃだめ?

舞台『WELL~井戸の底から見た景色~』感想

 この作品を気になったきっかけは小早川俊輔くんが出演するからなのだけど、『地下アイドルにガチ恋して破滅する男の話』というような*1ストーリーの概要を見て、正直行こうかどうか迷った。(※題材が悪いのではなくごく個人的な問題)しかし結局行ってみたのは演出の岡本氏が昨年の荒牧慶彦さんのひとりしばい「断-Dan-」の演出家だと気が付き興味が出たためであり、そして期待通りに面白く、重苦しかった。

well2020.net


 主人公の森永清(演:藤原祐規)は派遣社員として働いているがどこの職場も続かない。しかし続かないのは職場のせいであり環境さえ整えば自分の本来の実力はもっと上だと思っているような男。正社員であることや結婚に羨望と執着を見せる一方で、介護職などは社会の底辺だと見下している。数年前に事故で身体が不自由になった母の介護をしつつ養っているが、この母が典型的な毒親であり、彼に偏執な愛情と苛烈な躾を向けている。そして彼は地下アイドルの少女じゅりえ(演:上西 恵)に出会い恋に落ち、果てはストーカー殺人へと向かっていく。

 概要だけ見ると「ああ、あるあるだね」という感じだし、実際に大まかな流れとしては予想通りに進んでいくのだけれど、要所要所をシェイクスピアに絡めている点が面白かった。特に「おおロミオ、あなたはどうしてロミオなの」というじゅりえの最期のセリフにはゾクッとしてしまった。

あなたはどうしてロミオなの

 地下アイドルの少女「じゅりえ」は、実母に虐げられ義父に性暴行され、逃げるように上京してきた。しかし東京に着いたところで財布がなくなっていることに気が付く。自暴自棄となり自死をも考えたが、通りかかった見知らぬ男が折り紙に包んだお札を置いていってくれたことにより救われる。彼女は顔もわからないその男を自身の芸名に因んでロミオと呼び想いを寄せるのだが、実はその男こそ森永だったのだ。
 最後の瞬間まで森永はここでの出会いを思い出さないし、じゅりえもロミオが森永とは気が付かないのだが、気が付いた瞬間の「あなたはどうしてロミオなの」である。

 「あなたはどうしてロミオなの」を私は「わたしが心の支えにしていたロミオがどうしてあなたなの」だと受け取ったが、じゅりえは最初から森永を嫌悪していたわけではなかった。当初はリプも返していたし、撮影会でNGポーズを強要する客から救ってもらったこと*2に対しては直にDMで感謝を伝えている。これに感激した森永はどんどん行為がエスカレートしストーカーにまでなるのだが、その前に双方が最初の出会いに気付いていれば結末は違っていたのだろうか。
 確かに彼には少女に剥き出しのお札を渡すことを憚い綺麗な折り紙に包んで渡した一面もあった。しかし一方で女性に対して距離感をはき違えた馴れ馴れしい言動をする男で、それはじゅりえに対しても当初から発揮されていることも忘れられない。

 じゅりえは「あなたはどうしてロミオなの」と叫びながらあなただけは嫌だったと訴える。これまでどんな苦行に立たされても「それでもアイドルをやって良かった」と明るく振舞っていた彼女の最期の嘆きは悲痛で、唯一の心の支えまで失われて亡くなっていく姿がとても切なかった。

地下アイドルという舞台

 かなり研究しているなと感じた。オタク仲間で「我々は青春を追体験しているのです」と話す姿にはとても共感したし、森永が認知やレスで舞い上がる姿やリプをこまめに送る姿は自分とダブって見えた。というかおそらく(客層的に)それを計算して作っているとは思う(笑)

 ただし、私は『推している側を推されている側がエンタメ化する』ことが好きではないのだが、この作品はそういう意図は見られなかったことは触れておきたいと思う。森永の歪みは「地下アイドルのオタク」という一側面ではなく、介護や格差社会毒親など様々な社会問題がはらんだ果ての歪みであった。

 自分も森永になりかねないとは思わなかったが、森永のような人間がどこにでもいるということはわかる。その歪みの元は、出て行った父親なのか、母の偏愛と躾なのか、一度レールから外れたらもう正常には戻れないのか…そんなことを考えて重苦しくなった。

素晴らしい役者陣

 特に主役の藤原さんとじゅりえ役の上西さんの芝居には圧倒された。藤原さん一挙手一投足に至るまで本当に気持ち悪かった!(褒め言葉)うっすらと最遊記のイメージしかなかったのでこんな芝居をされる方なのか、と驚いた。上西さんは透明感のある美しさと裏腹に生々しく全身でじゅりえを表現していて、もっと色々な作品で観たいと思える役者さんだった。

 どの役もそれぞれのキャラクターのままならなさとかどうしようもなさとかがダイレクトに伝わってきて感情が揺さぶられ、観劇後に新宿駅までの道のりを歩きながらいろいろなことを考えてしまった。心に残る、良い演劇でした。



 余談ですが小早川くんの役が自分の店の女の子みんな食いまくるプロデューサーみたいなどうしようもないクズ男だったんだけれど、妊娠させてしまった子と結婚するようで「なんだ、責任取るだけいい奴じゃん」と思ってしまった(笑)
***
f:id:sou_bixxx:20210414104240j:plain

この数年は推し事の関係で大劇場のミュージカルか100%女性客のイケメン舞台か…みたいな観劇をしていたので小劇場は久しぶりだった。
小劇場はやっぱり演者のパワーがガツンと伝わってくるところがいいですね。演者側と客席側が地続きのまるで共犯関係のような、そんな気分になるところが好きだなと思った。

*1:自己要約

*2:ただしここでの暴力沙汰で森永は出禁となる