犬と狼の間

え?遊んで食べて寝てちゃだめ?

ミュージカル『ミス・サイゴン』感想

サイゴンを観劇してきました。
内訳は帝劇3回川越1回(中止1回)。以下感想。


あらすじ

1970年代のベトナム戦争末期、戦災孤児だが清らかな心を持つ少女キムは陥落直前のサイゴン(現在のホー・チ・ミン市)でフランス系ベトナム人のエンジニアが経営するキャバレーで、アメリカ兵クリスと出会い、恋に落ちる。お互いに永遠の愛を誓いながらも、サイゴン陥落の混乱の中、アメリカ兵救出のヘリコプターの轟音は無情にも二人を引き裂いていく。
クリスはアメリカに帰国した後、エレンと結婚するが、キムを想い悪夢にうなされる日々が続いていた。一方、エンジニアと共に国境を越えてバンコクに逃れたキムはクリスとの間に生まれた息子タムを育てながら、いつの日かクリスが迎えに来てくれることを信じ、懸命に生きていた。
そんな中、戦友ジョンからタムの存在を知らされたクリスは、エレンと共にバンコクに向かう。クリスが迎えに来てくれた−−−心弾ませホテルに向かったキムだったが、そこでエレンと出会ってしまう。クリスに妻が存在することを知ったキムと、キムの突然の来訪に困惑するエレン、二人の心は千々に乱れる。したたかに“アメリカン・ドリーム”を追い求めるエンジニアに運命の糸を操られ、彼らの想いは複雑に交錯する。そしてキムは、愛するタムのために、ある決意を固めるのだった−−−。(上記公式サイトより引用)



予めストーリーと曲は頭に入れた状態で臨んだのでストーリー展開の重さや有名な演出については知っていたのだけど、それでもとにかくパワーに圧倒された。
特にヘリコプターが出てきてキムとクリスが引き裂かれるシーンは唸るようなヘリコプターの音と焦燥を煽る音楽に身体の底からゾクゾクとした。今まで観た舞台の中で一番物理的なパワーと精神的なパワーの相乗効果を感じたシーンだったかもしれない。
(ちなみに埼玉公演では投影でヘリを表現していたので本物の迫力には敵わないな…と思った。実物大のヘリを出せるのって帝劇だけなんですかね?)
決して楽しい話ではないし後味の良いものでもなく、ストーリーやキャラが好み!というわけでもないけれど、公演をやる度に観に行ってしまうと言う人の気持ちが分かりました。

キャラクターについて

「クリスがダメ男」というのはまあわかるんだけど、ダメというより弱い男なんだなと思う。不誠実であるというよりも、支えてもらわないと帰国してからの人生を生きていけなかったのだろう。だって一緒にアメリカに行こうと頑張ったけど無理だったし、キムは死んじゃったかもと思ってたし、キムに子供が出来ていたからってエレンを捨てたらエレンにひどすぎるし、だからといって一緒に暮していくのはおかしいしね。何かしてあげたい(してあげないといけない)から支援しよう、という考えになることを完全に断罪できる日本人ってどれくらいいるのかなーと思ってしまう。実際そうなったらそうなるんじゃないの、みんな。『恵まれた立場』からの視点と言われればそれはそうだけど。

キムはタムをアメリカにやることさえ出来ればどうにかなると思っていたようだけど、当時のアメリカでタムのような子がどんな扱いを受けるかと考えると思わず苦い顔になってしまう。クリスは中間~富裕層だろうから暮らしとしては酷いものにならないと思うけれど、精神的な差別は必ずあるだろうし・・・・とはいえキムとしてはまず『暮らし』なのか。
タムにとってはエレンが懐の深い女性なことだけが救いで、良かったなあと思う。私は観劇中エレンの友達の自我で観ていたので(?)エレンに感情移入していました。私がエレンの友達だったらクリスにめちゃくちゃキレると思う。夫に隠し子がいて元カノが訪ねてきても気丈に対応できるエレンの懐の深さよ。まあ、そんなエレンだから傷ついたクリスの支えとなりゴールインしたのでしょうが・・・・。

何よりとにかくキムが『アメリカに行けば何とかなる』と信じ込んでいるのが見ていて辛かったのだが、何度か観ていて、そもそもトゥイを殺してしまった時点でもうキムの心は壊れていたのかもしれないな、と思った。激動の時代とはいえ少女が人(それもよく見知った人)を殺すってそれくらいのことだよね。キムの絶望の本質的な部分はクリスに妻がいたことじゃなくて、幼馴染を殺してまで守ったタムの未来が保証されないかもしれないということなんじゃないかな~~~。トゥイの亡霊の悪夢のシーンも、トゥイへの罪悪感から救ってくれる存在としてクリスを見ているように感じた。

キャストについて

今回キムのキャストを全員観ることができました(クリスは海宝さんで固定)
個人的な感想としては「表現力の昆キム」「芝居力の高畑キム」「丁寧な屋比久キム」という感じがした。
屋比久ちゃんはとにかく歌詞がノンストレスで聴きとりやすくて素晴らしかった。初見で観るなら屋比久キムをオススメします。
充希ちゃんはキーが高いこともあるのか歌詞が聴き取り辛いところもままあったけども、やっぱり芝居がすごい。他の二人に比べて可愛らしい夢見がちなキムという雰囲気を感じたのだけど、一転してエレンに詰め寄るシーンの迫力がすごかった。
昆ちゃんの凄さは言わずもがな、とにかく歌唱の迫力がすごい。「命をあげよう」にトゥイを殺し自殺するまでの壮絶な母としての覚悟の説得力があった。



***
曲と登場人物の心情が完全にマッチしていて曲を使って観客を当時のベトナムの空気感に引きずり込みヒリヒリさせるのが、これぞミュージカル!と思った。
初見時、帝劇の最前*1でヘリコプターの風を浴びたあの感覚は一生忘れられない観劇体験になったなと思います。

*1:突然自慢しますが初サイゴンを帝劇最前センターで観られたのです・・・嬉